アルコール依存症が背景にある飲酒運転
アルコール関連問題啓発週間シンポジウム開催
2024年11月15日(金)、厚生労働省主催のオンラインシンポジウムが開催された。シンポジウムのタイトルは「アルコール依存症が背景にある飲酒運転〜介入・回復への支援と社会全体での安全対策」である。
アルコール関連問題の1つである飲酒運転、その防止は社会全体の安全にかかわる重大な課題である。
とりわけむずかしいのが、アルコール依存症が背景に潜んでいるケースだ。依存症という病気のメカニズムを考えると厳罰化だけでは阻止できず、治療と回復支援が必須になる。しかし多くは病気の認識がないまま常習的に飲酒運転を続けているのが現状だ。そして、ある日起きる重大事故…実際そういう例が後を絶たない。
どうすればいいのか?
シンポジウム前半は、飲酒運転を切り口に、アルコール依存症に介入する方法を考える。登壇するのは、専門医、当事者と家族、違反者に受診義務を課した自治体の担当者。
後半のテーマは、止まらない飲酒運転をどう防ぐか。アルコールを検知すると車のエンジンをロックする物理的なしくみも、選択肢として上がる。被害者遺族の想い、元トラックドライバーのライターによる現場レポート、インターロックを販売する企業に寄せられる切実な声…。
昨年に引き続き、司会進行は元NHKアナウンサーであり、依存症予防教育アドバイザー・飲酒運転防止上級インストラクターの資格を有す塚本堅一さんが務めた。かつて薬物事件を起こした塚本さんは、後に依存症の回復施設に通いプログラムを修了。現在は依存症関連イベントの司会や講演を通じて、啓発に取り組んでいる。
今年は、アルコール健康障害対策基本法の施行から10年という節目で、啓発週間も10回目となる。
冒頭の挨拶では、厚生労働省の社会援護局 障害保健福祉部 精神障害保健課 依存症対策推進室の羽野嘉朗室長が、今までの取り組みと今後の展望を説明した。そして、飲んだお酒を選ぶと純アルコール量と分解時間のチェックができ、飲酒運転防止にも活用できる「アルコールウォッチ」を紹介。改めて啓発の重要性と依存症への理解をアピールした。
Session1 背景にあるアルコール依存症にどう介入するか
●アルコール依存症と飲酒運転、専門医療の中で何ができるか
最初に登壇した沖縄協同病院 精神科医の小松知己先生は、アルコール依存症と飲酒運転について専門医療の中で何ができるかについて語った。
小松先生はまず、アルコール依存症を背景に飲酒運転が起きてくるメカニズムに焦点を当てた。アルコールによる脳機能の低下、精神依存の症状である渇望(飲みたくてブレーキが効かない状態)。アルコールが体内から消失してくると離脱症状(イライラ・発汗・手指の震えなど)が生じ、飲酒するとそれらの症状が落ち着くので、迎え酒や隠れ酒をするようになること。「業務中の飲酒」や、懲りずに繰り返す「再犯」など、一般市民が理解に苦しむような飲酒運転の背景には、こうした病気の症状が隠れているのだという。
小松先生は、アルコールの害を減らすハーム・リダクションには、家族のサポート・ケアと飲酒運転の防止が不可欠だと訴える。医療機関が行うべき具体的な施策として、「通院/移動手段の確保」「外来受診時にアルコールの呼気検知器、もしくは血中濃度測定でチェック」「教育プログラムに飲酒運転を組み込む」「運転免許更新/再取得を断酒の動機づけにする」の4つを提案。
最後に、飲酒運転で免許取消となった患者さんが、免許再取得をめざして断酒した例を紹介した。成功のカギは職場の上司、産業保健との連携だったという。
「以前から、アルコール依存症はごく一部しか専門の治療に繋がっていないと言われているが、最大の問題は未治療のアルコール依存症者の運転。医療と福祉と司法の枠組みを連携させることで、より効果的な問題解決を考える必要がある」と結んだ。
●思い余って通報した妻・免許返納から断酒が始まった夫
次に、アルコール依存症当事者ユウジさんと、その妻マホさんが事前収録で登壇。飲酒運転による免許返納を契機に、免許の再取得に向けて断酒継続に至った貴重な体験談を話してくれた。
元々一緒にお酒を楽しむことが多かった二人だが、結婚して半年を過ぎた頃から、マホさんはユウジさんの酒量がおかしくなってきたことに気づき、アルコール専門病院や断酒会に連れていき相談を重ねたという。そのときに医師から言われた「飲酒運転をした場合は家族でも気にせず通報するように」というアドバイスは、後にマホさんの背中を押す重要な一言になった。
すでに飲んでいる状態から「お酒を買いに行ってくる」と車に乗る姿を目の当たりにしたマホさんは、2回の通報を実行し、ユウジさんは警察の説得で免許返納に至った。それを機に、ユウジさんは通院と断酒会への参加を続け、飲酒をしない生活を6カ月継続。無事に免許も取り戻すことができた。
「20年近くシラフの状態がほぼなく過ごしてきたが、シラフになって妻の頑張りや周りの人の言動を見られるようになった。仕事もスムーズで、自分にとってプラスの面が多々あることも実感できた。現在、断酒して1年5ヶ月が経過したが、新たに断酒会に入った方をサポートする側になったのは、自分にとってもプラスに感じている」とユウジさん。ユウジさん、マホさんの成功事例は、患者と家族を、医療機関や自助グループ、警察など地域社会が一体となって支援する重要性を示していると言えるだろう。
●違反者に受診を義務付けた三重県の条例は今
続いて、三重県くらし・交通安全課の行村桂さん、健康推進課の丸山明美さんが登壇した。
三重県はアルコール健康障害の早期発見・早期治療を目的に、一般医と精神科医が連携した取り組みを「三重モデル」として全国に先駆けて開始し、総合病院、アルコール専門医、保健所、警察等が連携したアルコール救急対応に取り組んでいる。
さまざまな施策の中でも三重県の特色と言えるのが、「飲酒運転0をめざす条例」によって、飲酒運転違反者に対して受診を義務付けている点だ。
具体的には、くらし・交通安全課と健康推進課の連携により、違反者にアルコール依存症に関する受診義務の通知を送付し、指定医療機関の受診と知事への報告を促す。受診義務違反の罰則はないが、通知に以下の工夫を施すことで、違反者の半数以上が受診するようになった。
まず、黄色の通知書(60日以内の報告期限)に指定医療機関の一覧表や啓発用のリーフレットを同封して受診を促す。報告がない者にはピンク色の勧告書(報告期限40日)、それでも報告がないときは赤色の用紙で再勧告を行う。2023年度のデータによると、対象者302人の約58%にあたる177人が指定医療機関で受診した。また、対象者302人のうち再犯者は6%と低い水準に抑えられている。相談窓口も設け、違反者本人や家族等からの相談を受けて受診を促すとともに、自助グループも紹介している。
Session2 止まらない飲酒運転をどう防ぐか
●被害者の想いと飲酒運転の悲劇
セッション2の最初は、東名高速道路酒酔いトラック事故被害者遺族である井上保孝さん、郁美さんが登壇した。25年前、東名高速道路上で、井上さん一家4人が乗った乗用車が飲酒運転のトラックに追突されて炎上し、後部座席にいた3歳と1歳の娘が死亡するという痛ましい事故は、メディアでも大きく取り上げられた。事故の加害者は、トラック運転手という職業ドライバーでありながら、十数年も前から「寝酒」と称した飲酒をした上でハンドルを握ることを繰り返し、数年前からは昼食時にも酒を飲む、飲酒運転の常習者だった。井上さん夫妻は刑事裁判を通じて、疑問が生じたという。
加害者運転手は、事故当日、初めて酒を飲んで運転したわけではなく、過去十数年にわたって飲酒運転を繰り返していた常習の飲酒運転手だったにもかかわらず、人を殺めても業務上過失致死傷罪でしか裁けず、人を何人殺めたとしても、懲役5年が最長というのはおかしいのではないだろうか。井上さん夫妻は翌年から他の被害者遺族と一緒になり、業務上過失致死傷罪の法定刑の見直しを求めて署名活動を展開。全国から37万4339名の署名が集まり、2001年の秋の臨時国会で、危険運転致死傷罪の新設を含む刑法改正案が上程され、参議院本会議で可決が成立した。
法律を変えるという大きな目的を成し遂げた後も、井上さん夫妻は全国各地で講演などを行うとともに、悪質事故の被害者遺族をさまざまな形で支援をしてきたが、断酒会と出会い、目から鱗が落ちた思いだったという。「元々依存症であった人たちと話をすることによって、お酒を絶たない限り、飲酒運転をやめることができなくなってしまっている人たちの存在を知った。アルコール依存症は否認の病気と言われているが、早期発見・早期治療に繋がれば回復し、社会に役立つ人に戻ることができる」と郁美さん。また、保孝さんは、テクノロジーを利用する時期に来ているのではないだろうかと、アルコールインターロックの普及を海外の成功事例とともに提案。「何の罪もない子どもたちがルールを守らない大人の犠牲となって輝かしい未来を断ち切られるこのようなことは、これ以上絶対にあってはならない」と締めくくった。
●プロドライバーの飲酒運転の実態と対策
職業ドライバーには、乗務前後に点呼が義務付けられており、その際、必ず専用の機器を使用したアルコール検査が行われる。しかし、元トラックドライバーという経歴を持つ、フリーライターの橋本愛喜さんは、「皮肉なことにトラックドライバーには酒好きが多いのが実情」と語る。それは、自らの意思を持って酒と距離を置かなければ、酒のほうから近づいてくるような特殊な労働環境があるからだと指摘する。
「現場に理不尽やストレスが多い、孤独な車内、車中泊生活で他のリフレッシュ方法がない、体を動かす荷役作業、不安定なシフトによって酒の力を借りないと眠れなくなる寝酒の習慣などはトラックドライバーを酒に近づける原因として考えられる」と考察する。また、閉鎖的な労働環境や孤独な空間は手軽に承認欲求が満たされるSNSの投稿へと駆り立て、各地で出会った絶景写真と共にお酒の投稿が多く見られるという。「SNSでいいね!が欲しいから豪快にお酒を飲むというのは負のスパイラル。労働環境の改善、モラルやリテラシーの教育、人手不足の解消、デジタルツールの導入とかいろいろな対策が必要だ」と提言する。
●アルコールインターロック活用の現場
本シンポジウム最後の登壇者となったのが、東海電子株式会社で代表取締役を務める杉本哲也さんだ。杉本さんは常日頃、アルコールインターロックの社会実装のための活動と、アルコール問題を抱えた方の家族や親族が、加害者家族にならないための予防活動に取り組んでいる。アルコールインターロックとは、「エンジンをかけようとしたときに、ドライバーの呼気中のアルコール濃度を計測して、規定値を超えた場合はエンジンがかからないようにする装置」のこと。1980年代にアメリカで誕生して世界的に広がり、2000年代以降はヨーロッパの一部では違反者への装着が義務づけられ、近年ではWHOが飲酒運転の再犯者に対してはアルコールインターロックの導入が効果的であると提言するなど注目を集めている。
現在、日本におけるアルコールインターロックの導入パターンは主に二つで、一つは企業が予防的に導入するというケース、もう一つが個人からの依頼である。
導入企業として最も多いのがトラック運送会社で、社員と路上の安全を守ることを目的に、累計3000台のトラックが装着に至った。それに対して個人での装着はまだ0.7%に過ぎず、また問い合わせに対する装着成功率も3割にとどまっている。「40~50代の方が高齢の親の飲酒運転を懸念し、装着の依頼を受けるということが非常に多い。しかし、実際に説明に伺っても当事者が拒否するなど、家族関係に介入する難しさを日々感じている。アルコール健康障害対策基本計画の中に、インターロックの装着というキーワードを入れていただき、ゆくゆくは違反者への義務化を望みたい」との提言で締めくくった。
シンポジウムの最後には、登壇者によるディスカッションを実施し、今後の課題について、様々な立場から意見が交わされた。中でも繰り返されたのは、社会問題として医療・行政・地域が連携し、問題の本質に向き合い、アルコール依存症に苦しむ方々への支援と、飲酒運転を防ぐ取り組みをさらに強化していくことの重要性。「人間は社会的な動物だから、一人では難しい問題も、人と繋がりを持つことで回復への糸口を見つけることができる」と小松先生は力強い言葉で結んだ。
法律や規制の強化とともに必要なのは社会全体の意識改革。依存症を抱える方々への理解と適切な治療の提供、さらには国民一人ひとりへの予防教育の推進がこれからの鍵となっていきそうだ。
最後に、小松先生が視聴者への質問に答える形で示した、飲酒問題を持つ人に対して「周りが働きかけるときのポイント」を記しておく。
1 本人がしらふのとき(酔っていないとき)に話す
2 本人のいいところを認める
3 複数の人が同じことを勧める
4 暴力があったら逃げる
5 本人の困りごとの相談から入る
提供:厚生労働省「依存症の理解を深めるための普及啓発事業」事務局