若者に広がるオーバードーズ
薬物問題関連シンポジウム開催

 2025年2月6日(木)、厚生労働省主催のオンラインシンポジウムが開催された。シンポジウムのタイトルは「若者に広がるオーバードーズ ~実態を理解し、支援方法を探る~」である。

 近年、若者を中心に広がっている処方薬や市販薬のオーバードーズ。オーバードーズを繰り返すことで、依存症になる可能性も指摘されている。本シンポジウムでは、オーバードーズ等を取り上げ、各分野の専門家と共に、その支援方法を考えていくこととした。

 シンポジウム前半では、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所の嶋根卓也さんが、市販薬のオーバードーズの実態と、メンタルヘルス支援の在り方についての基調講演を行い、若者の依存症にどう向き合うべきか、教育現場や支援団体の視点から講演が行われた。続く講演では、養護教諭の中村元気さんからは、教育現場でのオーバードーズの実態と支援の実践例が伝えられ、BONDプロジェクト代表の橘ジュンさんは、若者への包括的な支援プログラムについて語った。前半最後の講演では、大阪ダルクディレクターの倉田めばさんより、オーバードーズの当事者としての体験談や支援現場のリアルな状況が伝えられた。

 後半では、薬物依存症の当事者家族からの体験談を挟み、講演登壇者4名によるパネルディスカッションが行われた。オーバードーズの問題を抱える若者に対しての支援の在り方について、登壇者それぞれの視点から意見が交わされ、効果的な支援方法や今後の課題について議論が行われた。

 冒頭の挨拶では、厚生労働省の社会援護局 障害保健福祉部 精神障害保健課 依存症対策推進室の羽野嘉朗室長が、若者の薬物依存、特に処方薬や市販薬の乱用によるオーバードーズが社会問題化している現状について言及。問題の背景には若者が直面するさまざまな生活上の課題や生きづらさがあることを指摘し、医療、教育、福祉など多角的な視点からの包括的な対策が必要であると強調した。続いて、文部科学省総合教育政策局 男女共同参画共生社会学習安全課 安全教育推進室 岩倉 禎尚室長の挨拶では、文部科学省は、青少年の健康課題として生活習慣の乱れやメンタルヘルスの問題に加え、オーバードーズの問題も重要であると認識していると語った。学校教育だけでなく、社会全体で理解を深め、支援方法を考えることが重要であり、同省は保健教育の推進や普及啓発に取り組んできた。本日の議論を通じ、参加者がオーバードーズの実態や支援方法を理解し、今後の取り組みに生かすことを期待すると述べ、関係者への敬意と感謝を表した。

基調講演 市販薬のオーバードーズに対する理解と支援


●市販薬のオーバードーズに対する理解と支援 「声かけ」から始めるメンタルヘルス支援
 最初に登壇したのは国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 薬物依存研究部 心理社会研究室長 嶋根卓也先生だ。嶋根先生は都市部を中心に若者が集まるスポットで市販薬の乱用、いわゆるオーバードーズの問題が深刻化しており、例えば、新宿・歌舞伎町のトー横に集まる若者たちの間でオーバードーズが広がり、一部では市販のせき止め薬の乱用が発覚していると語った。警視庁の統計によると、補導件数はむしろ増加傾向にあり、児童相談所への通告ケースも減っていないとのこと。薬物乱用の問題は表面化しにくくアングラ化しており、かえって介入がし辛くなっているという。

若者の市販薬依存と予防教育について説明する嶋根卓也さん

 嶋根先生は、高校生における市販薬の乱用経験率は、大麻等の違法薬物の約10倍以上であり、まさに今現在、取り上げなければいけない問題だという。若者が薬物に依存する背景には生きづらさや精神的な苦痛があり、その対処法としてオーバードーズに至るケースがあるが、現行の学習指導要領にはオーバードーズについての記載がなく、教育現場では十分な指導が行われていないとのこと。従来の古典的な「脅し教育」は有効ではなく、子どもたちの生きる力を育むことを目的とするソーシャルスキル教育が有効であると述べた。具体的なスキルとしては、若者の問題解決力や、情報リテラシー、コミュニケーション能力などが該当するとのこと。予防教育ではクイズや、ロールプレイ、ディスカッションなどを取り入れた参加型の要素を取り入れることが重要であるという。また、困ったときにどこへ相談すればいいのか、友人が困ったときにどのようにサポートできるのかなど、相談や支援に関する情報を伝えることの重要性についても説明した。

 また、オーバードーズやリストカットを繰り返す若者に対して、すぐに大きな変化を求めず、正直になれる居場所をつくっていくことが重要であり、依存症の専門医療機関では週2回のグループ療法を実施し患者が安心して薬物を使ってしまったと言える環境をつくり、1週間の様子を振り返ることで支援の糸口を見つけているという。また、学校の保健室やカウンセリング室は、こうした問題を抱える生徒にとって話しやすい環境の一つであると述べ、学校の先生たちは、オーバードーズの背後にある生きづらさに着目した関わりをもち、オーバードーズした事実を安心して話せる関係性を築くことが重要であると語った。SNSを活用した相談先など、敷居が低く気軽に利用しやすいようなサービスをさりげなく伝えることも重要であり、大切なのはなるべく一人ひとりが身近な支援者となることで、孤立する子どもたちの存在に気づき、関わりを持ち、適切な支援へとつなげていくことが重要だという。

 また、当事者だけでなく、そのご家族も深刻な悩みを抱えていることが多い。薬物問題を抱えた家族の相談は、全国の精神保健福祉センターで受けることができ、家族同士が支え合う家族会の活動も全国に広がっているという。家族が相談や支援につながることが問題解決の第一歩となると語った。

講演 若者の依存症実態と支援プログラム


●若者の依存症にどう向き合うか 効果的な支援方法とは
 続く講演では、東奥義塾中学校・高等学校 養護教諭の中村元気先生が、学校現場での実態として、大人の把握する範囲だけで、2学年に1人程度オーバードーズの問題を抱えている生徒がいることを示し、具体的な支援方法を紹介した。中村先生によると、メンタルヘルスの不調を抱える生徒の一部が自傷行為(リストカットなど)を行い、その延長線上でオーバードーズに至るケースが多いとのこと。オーバードーズの判明経路としては、保健室での相談、朦朧とした状態での搬送、友人や教員からの情報提供などがあるという。

 中学で自傷行為が始まり、高校2年の夏にオーバードーズを経験したA子さんの事例では、幼少期から負の感情を表現できず、自己否定感が強まり「秋に打ち明けたことで支援が強まり、精神科で双極性障害の治療を始めた」という。卒業後も月1回の保健室での面談や、支援に繋がらなかったご家族の話を聞く機会を整えた結果、自己否定が和らぎ、家族関係も改善した。現在はB型作業所に通所し、自傷行為も減少しているという。

 生徒の多くは保護者への共有を強く拒むため、ひとつの方法に拘らず、慎重なアプローチが重要であるという。「教えてくれてありがとう」「つらい気持ちを抱えて苦しかったね」と感謝とねぎらいの言葉をかけて安心感を与え、再び相談しやすい環境を作りながら、スクールカウンセラーを紹介し、保護者には、本音と建前が違う可能性を考慮して、言葉を選びながら長期的な関係構築が重要であると述べた。最後に、中村さんは所属や住まいの変化によって必要な支援が途切れることのないよう、若者の人生に寄り添う社会の在り方を今後築いていくことが求められると締めくくった。

教育現場での支援方法を説明する中村元気さん


●若者への包括支援プログラムについて
 二人目の登壇者は、特定非営利法人BONDプロジェクト代表の橘 ジュンさん。橘さんは、リアルなつながりを求めて、街頭やSNS上のパトロールなど多岐に渡った活動を行っている。また、同団体へのオーバードーズ関連の相談が、2024年4月から10月までで346件あったことを報告し、若者への支援活動について語った。同団体は、路上やネット上で支援を求める女性と接触し、相談窓口や一時保護を提供しているという。近年、SNSを介したオーバードーズの増加が問題視されており、依存症に陥る若者は、居場所の確保や仲間意識から薬物を乱用するケースが多いとのこと。さらに、薬物を悪用する大人による搾取も深刻な課題となっており、これに対して、購入規制強化や医療機関との連携、支援機関の拡充が求められていると説明した。同団体は、支援を必要とする若者の声を拾いながら、社会的対策の強化を訴えている。

BONDプロジェクトの活動状況を説明する橘ジュンさん


●OD倶楽部に集う顔なき声たち
 講演最後には、大阪ダルクディレクターで精神保健福祉士として働く倉田めばさんが登壇。2022年に発足したオーバードーズ支援グループ「OD倶楽部」の設立背景や、活動内容、参加者の状況について報告された。設立から延べ103名の参加者のうち、21名が10回以上継続参加している実績や、オンラインでの全国展開について説明した。「OD倶楽部」は、オーバードーズの経験者やご家族が安心して参加できるように発言や顔出しを強制しておらず、また、オーバードーズをやめることをゴールとせず、本人の選択を尊重するという姿勢を重視しているという。オンライン化や専門機関との連携により全国的に参加者が増加し、これまで高い継続率を維持していると述べた。参加者の多くは10代〜40代の女性で、社会的孤立、対人不安、解離性障害などを抱えており、オーバードーズの背景には、自己破壊的な行動をもとに「人生の一時停止をしたい」「目の前の時間を消したい」という心理があるという。オンライン化で全国からの参加者が増加し、病院・施設・少年院からの参加もあるなど、高い継続率を維持し、「オーバードーズ支援の重要性を広めるための啓発活動や、心理的サポート、生活支援の強化を行っていきたい」との提言で締めくくった。

OD倶楽部の設立背景を説明する倉田めばさん

薬物依存症当事者家族からの体験談

●薬物依存症の家族支援と回復への取り組み
 薬物依存症は当事者だけでなく家族にも大きな影響を与える問題である。かつて息子が薬物依存症だったという「千葉菜の花家族会」の田畑 眞里さんの体験をもとに、薬物依存症になったきっかけや、当事者家族としての支援方法と回復の過程についてのVTRが紹介された。田畑さんの息子は大学進学後、一人暮らしの中で市販薬の過剰摂取を始めたとのことで、大学2年生になると笑顔がなくなり、大学も欠席するようになったという。息子が帰省した際、自宅の部屋にあった紙袋の中に市販薬の咳止め薬の箱を見つけた田畑さん。大量に服用した形跡があり、息子を心療内科に受診させたという。学業不振や生活の乱れが表れ、消費者金融からの督促状も届くようになったが、当初は薬物依存の問題と認識できなかったとのこと。その後、市販薬の大量服用が続いていることを知り、厚生労働省の薬物問題に関する冊子を読み、息子が薬物依存症であると確信した。精神医療センターへ入院し、家族会や支援団体とつながることで、薬物依存が病気であることや、家族の関わり方の重要性を学んだという。田畑さんは家族会への参加を通じ、同じ悩みを持つ家族と情報共有し、依存症は回復可能であることを実感したという。「依存症問題は家族だけで解決するのは困難であり、専門機関や回復施設の活用が重要である」と述べた。

当事者家族として体験談を話す田畑眞里さん

パネルティスカッション

 シンポジウムの最後には、登壇者によるパネルディスカッションとして、「オーバードーズの問題を抱える若者に対して、わたしたちができることとは?」をテーマに、支援と予防について、教育、医療、支援の各分野の専門家の意見が交わされた。ディスカッションでは、はじめに、オーバードーズの問題を抱える若者への支援方法について議論が交わされた。中村さんは、教育現場では生徒がオーバードーズを打ち明けた後の代替手段の提示が課題となっていることを言及し、倉田さんはOD倶楽部のような自助グループが、依存に揺れ動く気持ちを和らげ回復へのきっかけとなることが強調された。さらに、橘さんは夜間に安心できる居場所やSNS相談の必要性も議論され、自治体による夜間対応の拡充が必要だといい、嶋根先生は市販薬の成分の中には海外では使用されなくなったものも含まれており、規制の見直しが必要であると言及した。
 後半では、事前に寄せられた「教育・医療・支援の現場でどのように関わるべきか」という問いに対して、教師や医療従事者は、まずは相談を受けた際に感謝の意を示し信頼関係を築くことが重要であり、オーバードーズに至る背景としては孤立感や心の葛藤があることが多いため、無関心を避けて支援の輪を広げることが求められると議論が交わされ、医療機関、教育機関、支援団体などが連携し、包括的なアプローチを取ることの重要性を改めてメッセージとして掲げ、シンポジウムの最後を締めくくった。

左から、嶋根さん、中村さん、橘さん、倉田さん

アーカイブ動画

オープニング・基調講演

講演・家族体験談

  

パネルディスカッション・質疑応答

提供:厚生労働省「依存症の理解を深めるための普及啓発事業」事務局