若者の生きづらさと薬物依存症~介入と支援の方法について考える~
厚生労働省 薬物関連シンポジウム
主催:厚生労働省 連携 文部科学省

 2024年2月27日(火)、厚生労働省 薬物関連問題シンポジウム「若者の生きづらさと薬物依存症~介入と支援の方法について考える~」がオンラインで開催された。
 日々深刻化する若者の薬物依存症は、違法薬物だけでなく、処方薬や市販薬に範囲を広げているが、その背景には若者が直面するさまざまな困難がある。このシンポジウムでは若者の薬物依存について現状を紹介し、回復した、あるいは回復を目指す当事者や、依存症患者の支援者も参加して、課題を抱える若い方々にどのように伝えるべきかを考えた。
 厚生労働省障害保健福祉部依存症対策推進室長の羽野嘉朗氏と、文部科学省総合教育政策局男女共同参画共生社会学習・安全課 安全教育推進室長の岩倉禎尚氏のあいさつの後、「依存症の理解/近年の若者の薬物依存について」と題して、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 薬物依存研究部 心理社会研究室長の嶋根卓也氏が基調講演を行った。

基調講演 嶋根卓也氏 支援をする際に大切なことは

 嶋根氏は、国立精神・神経医療研究センターで薬物乱用や薬物依存に関する研究を進めている。冒頭に、薬物依存症は「日常生活や人間関係にさまざまな困り事が生じているにもかかわらず、自分の意思ではやめられない状態」を指すとの説明があった。
 薬物依存症というと、覚醒剤のような違法薬物をイメージする場合が多いが、実際に最も多いのは、違法薬物ではなく、睡眠薬や抗不安薬といった処方薬の患者。そして今、若者を中心として増えているのは市販薬の乱用問題を抱えた患者であるという。
 乱用の対象となっている市販薬は、せき止め、風邪薬、痛み止め、錠剤型のカフェイン製剤など多岐にわたり、SNSでは市販薬のオーバードーズに関する書き込みが数多くみられる。
 市販薬による依存症が増加している背景として、SNSを介して情報の拡散のスピードが早くなったことや、ドラッグストアの数が増え、インターネットでも医薬品を買えるようになったことで入手アクセスが容易になったことなどが指摘された。
 そして、生きづらさを抱えた人が苦痛の軽減するために、自己治療的に市販薬を乱用する人が増えているといった特徴があるという。薬物問題を抱えた人には、「助けて」と言えないそれぞれの状況があり、それを乗り越えるには「薬を飲むしかない」と追い込まれていて、薬を使いたい気持ちと、やめたい気持ちが綱引きをしているような状態にある。薬物依存症の治療や支援をしていく上で大事なのは、そうした状態を前提としたコミュニケーションをとることだという。

急増する若者の市販薬依存について説明する嶋根卓也氏

パネル

①薬局の目線から(防ぐ)  薬剤師・株式会社エス・アイ・シー取締役、堀美智子氏

②未成年保護の目線から(気付く)  特定非営利活動法人BONDプロジェクト代表、橘ジュン氏

③少年相談機関の目線から(支える)  福岡県警察本部少年課少年サポートセンター森治美氏


防ぐ、気付く、支える それぞれの立場からの取り組み

 基調講演の後のパネルでは、まず、堀美智子氏が、「薬局の目線から」(防ぐ)をテーマに。次に「未成年保護の目線から」(気付く)をテーマに橘ジュン氏が、そして最後に「少年相談機関の目線から」(支える)をテーマに森治美氏が、現在取り組んでいることを説明した。
 堀氏は、薬局は薬の販売の制限のみに基づいて対応するだけではなく、不適正な使用の恐れのある場合には、依存が生じる可能性があることなど、必要な情報提供をしっかり行うことが大切だと話した。

薬剤師の役割は薬を販売するだけではないと説明する堀美智子氏

 生きづらさを抱えている女の子のための、女性による支援を行う橘氏は、まず「聞く」ということを大切にした上で、どのように対応しているかを紹介し、BONDプロジェクトが提供するような「女の子たちが安心できる居場所」が必要だと訴えた。

未成年の保護団体として、医療や薬局との連携の必要性を訴える橘ジュン氏


 19歳までの子どもたちと関わる森氏は、子どもたちが教えてくれた薬物依存の根っこにある生きづらさや、少年用大麻再乱用防止プログラム「F-CAN」の取り組みを紹介し、分からないことは当事者からじっくり、丁寧に話を聞くことが大切だと語った。

少年用大麻再乱用防止プログラム「F-CAN」について説明する森治美氏

体験談と現場の声 いかに寄り添えるか、耳を傾けられるか

 パネルに続いて、依存症になった当事者で、現在は支援員として活動される方々から体験談を聞いた。それぞれの話は事前に収録した動画で紹介された。
 まず、特定非営利活動法人BONDプロジェクト支援者のれいあ氏、さくら氏、せな氏がそれぞれ、依存症となった経緯やその時の状況、どのように当事者と接しているかなどを説明した。
 必要だと考える支援は、似たような状況にある同世代の子たちともリアルな関わりが持てる場所、問題を起こしたときに受け入れてくれる施設、見捨てることなく支えてくれる人々だという。そして、本シンポジウムのような場で話す機会を設けてもらうことも大切だ、と3人は話した。

(左から)せな氏、さくら氏、れいあ氏

 薬物依存や生きづらさを抱える若者は、自分だけで何とかこの現実を乗り越えようと踏ん張っている。そのような子たちの話を聞くときは、本人の気持ちに寄り添うことを何より大事にしている、と3人は口をそろえた。

 続いて、一般社団法人千葉ダルクで支援員を務める田畑聡史氏に体験談を話してもらった。
 大学生の時、同じアパートに住んでいた友人から大麻を誘われたことがきっかけで、すぐに薬中心の生活になり、お金もすべて薬に使うようになり、電気も止められるような状態になってしまったという。両親によってダルクに連れられ、相談に乗ってくれた職員の方の勧めで薬を抜くために入院。治療を始めた当時は、薬をやめたいという思いより、今の状況をどうにかしたいという気持ちがあったと話す。

一般社団法人千葉ダルク 支援員 田畑聡史氏

 田畑氏は、「薬物依存症になる人には幅広い要因がある」と考える。自身の居場所づくりのためという人、嫌な気分を晴らしたいからという人、何とか生きたくて、薬があったから自殺をしなくて済んだという人もいる。相談員としては、ただ「使ってはダメ」ではなく、まずそうした人たちの声に耳を傾けることが大切だという。

パネルディスカッション「若者の薬物依存症の支援について考える」
(嶋根卓也氏、堀美智子氏、橘ジュン氏、森晴美氏)

 後半のパネルディスカッションでは、できるだけ多くの若者が、一人で悩まず支援につながれる社会にするための方法について議論が交わされた。 嶋根:現在、薬物依存症に対する治療やサポートとしては、主として次のような選択肢がある。
・依存症専門病院 ・精神保健福祉センター ・ダルクなどの回復支援施設 ・NAなどの自助グループ

依存症の専門医療機関や相談窓口は、「依存症対策全国センター」(https://www.ncasa-japan.jp/you-do/treatment/treatment-map/)のホームページから確認することができる。

SNS相談による新たな取り組みについて説明する嶋根氏

 依存症専門病院では、認知行動療法に基づく再発予防プログラムが提供されている。薬物を繰り返し使用するのはあくまでも依存症の症状なので、再使用したことを責めるのではなく、患者さんが「使ってしまった」と言える安全な場所を作っていくということが大切だ。
 しかし、課題もある。既存の治療プログラムでは、覚醒剤の問題を抱えた中年の男性が中核となっており、市販薬などの薬物問題を抱えた若年の女性にとっては、つながりにくい現状がある。薬物問題を抱えた若年女性の受け皿は十分とは言えない。

【堀】皆さんの話を聞いて、アクセスがしやすい薬局やドラッグストアは、ゲートキーパーとしての役割が大きいと改めて感じた。私はおせっかいな薬剤師として、心配だと感じた人には「また2週間後に会いましょう」などと話しながら、必ず手を握ってお薬を渡すようにしてきた。その人を気に掛け、その人を救いたい。問題を解決するための情報を共有し、皆さん方と連携していきたいと考えた。

【橘】薬をやめたいけどやめられない、そんな思いを誰かに聞いてほしい。そんな彼女たちは、とても孤独なのだろうと思う。彼女たちが、相談していいのだと思えるようにしたいし、苦しんでいる子を一人にさせないということがとても大事だと改めて思った。

【森】福岡県庁の薬務課が考案した「F-CAN」を実施してから、少年院の先生たちが少年院に入っている子どもたちを、保護観察官が保護観察になる子どもたちを、家庭裁判所の調査官が調査をする子どもたちを連れてきてくれ、フェース・ツー・フェースでつないでくれるようになった。支援が深まっていることを実感している。こういった受け皿や支援の輪が広がってくれたらいいなと感じている。

【嶋根】依存症支援の新たな風も吹きつつある。今から約20年前に、アメリカでも若者たちの間でせき止めの乱用が拡大した。製薬会社が主体となって、薬物問題を抱えた若者たちの周りにいる大人をターゲットとした啓発キャンペーンが実施された。この取り組みを参考にした日本のある製薬会社はホームページに「ODでお困りの方へ」というボタンを設置した。クリックすると、相談機関の一覧が表示されるという取り組みだ。今後、医薬品のパッケージにQRコードを入れ、相談機関の一覧ページとリンクさせるという取り組みも考えているようだ。例えば部屋で掃除していた母親が、ゴミ箱に入っていたせき止めのパッケージを見ることで、家族相談につながる可能性も期待できる。
 大阪ダルクはOD倶楽部というオーバードーズに問題を抱えた人たち専用の自助グループを立ち上げた。オーバードーズの問題は繰り返す場合が多く、断薬を前提とする従来の自助グループでは、使ってしまったことをなかなか正直に話せない場合もあった。OD倶楽部では、薬物を使いながらでも参加できることを強調している。また、対面だけではなく、ビデオ会議システムで参加することもでき、顔出しすることなく、マイクはミュートでOK、そこでの話に耳を傾けるだけでもいい。悩んでいるのは自分だけではないと知る機会にもなるし、変わろうとみんな努力しているという前向きなメッセージがそこで伝わるのではないかと思う。こうした動きが広がるといいなと考えている。
 大阪府が提供している大阪依存症ホットラインというLINE相談も画期的だ。行政サービスとしては異例の土曜、日曜の夜に開設。当事者が一番相談したいのは夜一人でいる時、寂しいと感じている時かもしれないし、電話が苦手という若者も少なくない。LINEでの相談は若者にとって使いやすい形だと思う。

質疑応答

 シンポジウムに参加した方からの質問を紹介。それぞれの質問にパネラーが回答した。

【Q】未成年の心の問題は以前からもあったと思うが、なぜ急速に市販薬の乱用が増えたのか。薬の教育は小学生からも導入が必要ではないか。

【嶋根】薬物乱用防止教育に関して、日本は先進諸国の中でも、小中高でしっかりカリキュラムが組まれている国だ。ただ教育の中心はあくまでも学習指導要領に記載されている違法薬物で、市販薬のことはほとんど触れられていないという現状がある。こうしたギャップを埋めるために、例えば学校薬剤師が学校で講演する機会に、教科の中で扱われていない部分を補うことができると考えている。
 また、薬の教育では知識を伝えることに重点が置かれる場合もあるが、子どもたちは知識がないから薬物を乱用しているわけではない。今、教育の分野で重視されているのは、問題解決能力や、他者とコミュニケーションを取る力などのソーシャルスキル。子どもたちのソーシャルスキルを育んでいくアプローチが予防教育としては有効であると思う。

【Q】薬剤師が薬の乱用防止にどのように関われるか。そういったスキルをどのように身に付けられたのか?

【堀】私は学校薬剤師を10年間経験した。そこでは薬には有害作用と有効な作用があり、その有害作用をいかに防ぐかを伝えてきたが、これも乱用防止の一つの手段だと思う。
 薬剤師として学ばなければいけないスキルは、毎日接する患者さまやお客さまが教えてくれる。その人たちのために私は何ができるだろうかということを調べて、回答していくことがスキルを身に付けることにつながるのではないかと思っている。

左から嶋根氏、堀氏、橘氏、森氏

【嶋根】ドラッグストアは敷居が低く、誰でも行けるような場所なので、依存症支援などのパンフレットがさりげなく置いてあるということが理想的な形だと思う。確かにドラッグストアの数は多くて、いろいろな店舗を回れればたくさん買えてしまう現状があるが、一方で、仮に10店舗を回るならば、依存症のリスクに気付けるチャンス10回があるということ。むしろ、ピンチをチャンスに変えていくということで、おせっかいが焼けるような社会になっていくといいのではないか。

【橘】そういう薬を買いに来た子に、また来たな、もしかして、悩んでいるのかな、オーバードーズなのかな、と薬剤師さんが気付いて話を聞くことはできるのだろうか。

【堀】局やドラッグストアは、レジにいっぱい人が並んでいたり、調剤を待っていたりとかという状況では対応が難しい。何曜日の何時だったら空いていて、お伝えしたいこともあるから来てくれないかと時間を決めることがとても大切だ。また、橘さんがおっしゃったように、その子たちの情報を共有したい。そうすれば、みんなが気を付けるようになる。もちろん、個人情報の問題などはあるが、そういう子たちを救うための手だてを一緒に考えたいと思う。

【嶋根】橘さん、ぜひ薬剤師を頼ってください。処方薬でも、今は病院よりも薬局でもらう機会の方が圧倒的に多い。診察の時に相談しようと思ったけど、先生が忙しそうで話を切り出すチャンスがなかった。もやもやした状態で薬局に行って、薬剤師にいろいろ話してスッキリしたというケースは結構あるので、うまく薬局を使ってほしい。ただ現状では、市販薬の販売は登録販売者が中心であり、薬剤師がなかなか市販薬の販売にタッチできていないという現状もある。今後は登録販売者がリスクを感じたらすぐに薬剤師を呼ぶなど、薬局間での情報共有や連携が重要になってくるのかなと思っている。

本記事は「時事ドットコム」(2024年3月25日公開)にも掲載されています。
提供:厚生労働省「依存症の理解を深めるための普及啓発事業」事務局

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