まだ残るアルコール依存症への偏見
啓発活動に取り組む女優の東ちづるさん

 「いまだに残るアルコール依存症への無知やそこから来る偏見だけでなく、何かに自分の負の感情をぶつけたいという思いが加わっているような気がする。芸能界で活躍した人がアルコールなどの問題で『転落』すると、そんな彼や彼女を『攻撃していいんだ』という風潮が感じられる。それは今この国を取り巻く、閉塞(へいそく)感につながる問題だ」
 アルコール依存症の患者や依存症の治療体験者の飲酒、飲酒に伴うトラブルに対する芸能界やその周辺からの厳しい反応について、アルコール依存症の啓発活動に取り組んできた女優の東ちづるさんはこう語る。その上で「アルコール依存症は他の薬物依存症と同じ脳の病気だ。適切な治療と回復のためのプログラム、互助活動などがなければ回復できないことが浸透しきっていない」と、アルコール依存症という疾患に対する社会の理解がまだまだ十分ではない、と感じているという。

薬物依存症の一つ

 人間の肝臓はアルコールを分解する能力を持つが、処理能力は個人差が大きい。アルコール依存症は、社会問題になった「一気飲み」や宴席で自分の分解能力を大幅に上回るアルコールを摂取して起きる意識低下などから死の危険に陥る「急性アルコール中毒」とは異なる。脳神経の中でアルコール摂取に反応して快感物質が分泌され、体調や周囲の事情などにかかわらず飲酒をやめられなくなってしまう、薬物依存症の一つだ。
 「依存症から回復するためには、患者本人の意志や我慢だけでは難しく、専門医や精神分野のスタッフらの支援、適切なアルコールからの離脱プログラムが必要になる。同時に、患者の家族に対しても情報の提供や支援が欠かせない」。東さんは身ぶりも交えて、「患者自身の努力」ではなく、総合的な「治療」が重要であることを強調した。」

止められなかった父親の飲酒

 東さんがこのような考えに至ったのは、自身の父親の経験があるからだ。父親は今から40年以上前に「肝硬変」と診断されたが、その原因の大きな部分を占めたであろうアルコール依存症については最後まで診断が下されず、担当医からは「お酒を控えてください」と言われただけだったという。
 「当時は、今のように依存症に関する情報も少なく、家族も飲酒をやめるように頼んだり、なだめすかしたりするばかりだった。患者の父親をサポートしたとはとても言えない」。東さんは率直に心情を吐露する。
 酒を飲んでも父親の言動に目立った変化はなく、「楽しそうに飲んで、少し陽気になるだけ。なおさら飲酒を止めにくかった」と東さん。それでも飲酒後の肝機能不全などによる体調不良は見ていられなかった」と、今でもつらそうに振り返る。
 一方、父親自身の日常生活に大きな変化がなかったことから、家族の側も依存症という病気だと認めることには抵抗があった、と言う。「母は『夫の健康管理は自分の仕事』と思い込んでいて、なかなか依存症という現実に直面できず、自分を責めて摂食障害になるほどだった」。東さんはアルコール依存症が患者本人だけにとどまらず、家族にも大きな影響を及ぼすこの病気の一端を教えてくれた。

断酒会や健康関連イベントに参加

 このような自身の体験を基に、「まずは依存症について正しい情報を伝えたい」と啓発活動に乗り出した。各地で依存症患者が互いに支え合う「断酒会」の講演会や自治体・民間などが主催する健康関連のイベントなどに積極的に顔を出した。その席で、アルコール依存症という疾患について発病までのメカニズムや専門医を中心とした治療、その後の回復プログラムの重要性を訴えてきた。
 「手応えはある。インターネットなどで私が芸能人の飲酒に関するスキャンダルを擁護するコメントをすると、9割の人は正しい知識に基づいて支持してくれるようになった。また、未成年者や妊婦、授乳中の母親たちへの飲酒防止キャンペーンのように酒類メーカーが業界を挙げて取り組みを始めるような動きも出てきたし、飲酒運転に対しても社会が寛容でなくなってきている」。飲酒自体に対する社会的意識は高くなってきた、と東さんはみている。

まず身近な医療機関が治療を

 ただ、麻薬や覚醒剤のような非合法薬物とは異なり、アルコール飲料(酒)は合法的な嗜好(しこう)品で、酒に親しむ人が多いのも事実だ。この点について東さんは「依存症にならないように、自分の体質を考えながら、どうアルコールと上手に付き合うか、お手本になるロールモデルを提供していくのも今後の課題だ。そして、このロールモデルから少しでも外れてしまったと思ったら、身近な医療機関で依存症の治療を開始し、必要に応じて専門機関に紹介してもらえる体制を整えることが重要になってくる」と力説する。
 診療体制の整備を東さんが強調する背景には、アルコール依存症の診療に携わる医療機関の「偏り」とも言える問題がある。依存症患者を受け入れる医療機関は全国に存在するが、多くは重症化した患者を中心に数週間から数カ月間の入院治療を前提とする精神科や依存症専門の診療科だ。これらの医療機関は重症の患者の治療には欠かせないが、発症以前や初期の患者にとっては依存症へのケアだけでなくアルコールの過剰摂取によって悪影響を受ける肝臓や膵臓(すいぞう)の状態も管理してくれる患者の自宅近くのかかり付け医の役割が重要になってくる。
 なぜ、そこに東さんがこだわるのか。東さんは「専門外の医師の中には、依存症への理解が十分でないケースが見られるなど、その点ではまだまだ課題が残っていると思う。もっと多くの医師に初期の鑑別診断や必要であれば専門医への紹介などを担えるようになってもらいたい」と話す。

自己責任と切り捨てないで

 アルコール依存症の啓発活動を続ける中で、東さんが感じるのは「日本の社会の閉塞感」だという。芸能人などの一度の失敗について周囲やSNS、一部マスメディアが厳しい批判を浴びせ、再起を許さない雰囲気を感じさせることがある、と東さん。「自己責任という人もいるが、学校などでアルコール依存症の危険を教えず、依存症になってしまった際の相談や治療の窓口も十分に知らされていない。そうした現状で、自己責任だと切り捨てるのは厳し過ぎる。そんな社会はとても住みにくく、息苦しいのではないだろうか」と警鐘を鳴らしている。

東 ちづる(あずま ちづる)プロフィール

女優、タレント、一般社団法人Get in touch代表。
1960年、広島県出身。女優、タレント業での活躍のかたわら、骨髄バンクやドイツ国際平和村、障がい者アート等のボランティアを25年以上続けている。また、父親がアルコール依存症だった経験を元に、依存症の予防啓発にも取り組んでいる。2012年、誰もが生きやすい世の中“まぜこぜの社会“の実現を目指す「一般社団法人Get in touch」を設立し代表として活動。http://getintouch.or.jp/
厚生労働省アルコール健康障害対策関係者会議委員を平成28年度より務める。また、「20歳未満飲酒防止教育 学校コンクール」(ビール酒造組合主催)の審査委員長も長年務めている。