第三弾AA(アルコホーリクス・アノニマス)
AA(アルコホーリクス・アノニマス)を訪問
私たちの身のまわりに溢れていて、誰でも気軽に楽しめる嗜好品である一方、深刻な依存症を生み出している側面もあるのがアルコールだ。厚生労働省研究班の2013年のデータでは、アルコール依存症者は107万人、生活習慣病のリスクが高い飲酒者が1036万人と推計されている。しかし、それだけ多くの人が関係する病気であるにもかかわらず、世の中ではあまり知られていない。
他の依存症と同様、「自分には関係のない話だ」と思っている人が多いことに加えて、アルコール依存症は「否認の病」と呼ばれるように、患者本人が病気であることを認めたがらない傾向にあるからだ。そこで今回は、依存症啓発サポーターの古坂大魔王さんが、飲酒しない生き方を目指す人々の自助グループ、AA(アルコホーリクス・アノニマス)を訪問。この「病気」と向き合うことの難しさを当事者の目線から語ってもらった。
アルコールのない生き方を目指して、世界180カ国以上で200万人以上が自由意志で参加している国際団体AAでは、さまざまな背景、年齢、飲酒歴をもつ人々が匿名で集い、アルコールをやめるための12のステップを実行している。今回はその中から6人のメンバーが集まってくれた。お酒が体質的に合わず、ほとんど飲む機会もない古坂さんからすると、お酒に依存するという感覚が実体験としてわからない。そこで、まず皆さんに、どういう状況でアルコールに依存するようになったのかということから尋ねてみた。
「私はお酒というものはとにかく記憶がなくなるまで飲むものだと思っていたんです。テレビなどでもよく、有名人が前の夜の記憶がないなんてことを武勇伝のように語っているじゃないですか」
そのように語る女性は、もともと抗精神薬を服用していたのと併用するように酒の量が増えていったというが、それにさらに拍車をかけたのが、「お酒に対する誤ったイメージ」だったという。
「しかも、女性がすごくお酒を飲めると周囲から”お前、すごいな”と褒められるじゃないですか。それで勘違いをしてお酒の失態を繰り返し、インターネットの自己診断でアルコール依存症という結果が出ましたけど、”しょうがないか”と泥酔する。親友の結婚式にも呼ばれなかったということがあって、ようやく病院に行きました」
その一方で、「酒は合法」という考えが、アルコール依存症の深みにはまったという人もいる。違法薬物に手を染めた過去があるという男性は、自分の意志で違法なことから抜け出したいと思い、薬物依存症の治療のために病院に行くことになったが、「酒」だけはやめることができなかったという。
「法に触れない範囲なら何をしても良いだろうという考えがあった。薬物の自助グループでも、お酒は合法な薬物だと言われていましたが、その考えを受け入れられず、結局どんどんお酒の量が増えて、車が横転するような大きな事故を起こしたり、警察官に暴力を振るうような事件を起こしたりしてしまいました」
このようなさまざまな理由からアルコール依存症になった人たちは、どのような経緯でAAに参加することになったのか。
6人の話を聞いてみると、同じようにお酒で悩みを抱えている友人から勧められたという人もいれば、AAが発行する書籍などを読んで、他にすがるところがなかったという人もいたが、古坂さんが注目したのは、病院を介してつながったというケースだ。強烈な自己嫌悪から常にお酒を飲むようになり、やがて自殺を考えるようになった男性は、自分では死ぬことさえもできないので精神科へ行ったという。
「問診票には”死にたい死にたい”としか書いてなくて、手には飲みかけの日本酒のカップ。それを見た先生が”あなたはアルコールに問題があるかもしれません”と言った。私は自分が病気だと知ってホッとしました。そして、AAを紹介してくれたんです」
そんな男性をさらに救ったのがAAの迅速な対応だ。事務局に連絡をしたらわずか2日で資料が手元に届き、近くの会場の場所がわかりやすくマーカーで示してあったという。「当時の私のようなアルコール依存症の人は、自助グループに参加しようと考えても、少し時間が空けばすぐに心変わりしてしまうかもしれない。常に酔っているので書類などもよく読みませんから」という男性の話を聞いた古坂さんは、「AAにはアルコール依存症の対応をしてきたノウハウが蓄積されているんですね」と関心した。
こうしてAAにつながった人々は仲間とともにお酒をやめるための12のステップを実行していくわけだが、古坂さんにはひとつ疑問が浮かんだ。アルコール依存症は「否認の病」と言われるほど、当事者が自分の病と向き合うことが難しいと言われる。12のステップは、心の中のすべてをさらけ出し、自分では飲酒を止められないと認めることが不可欠だ。そのあたりはスムーズにいくものなのか。そんな古坂さんの質問に対して、ある男性はそのような不安が一掃されるのがAAの特徴だと訴えた。
「最初に参加した会合で、きれいな女性がお酒の影響で失禁したような話などを平気で話す姿を見て、ここには何も秘密がないんだと衝撃を受けました。そこから、ここのメンバーにはこれまで誰にも明かすことができなかった恥ずかしい話や、一人で抱えこんできた悩みなど、どんなことを話しても大丈夫なんだと思うようになった。」
これまで家族会の訪問などでも同様の話を耳にした古坂さんは、依存症患者の回復には、まず心を丸裸にすることが大切なのではないかとして、こんな感想を述べた。
「すべてさらけ出せる場所だから安心できる。ハダカの付き合いをする銭湯が非常に居心地がいいのと似た感覚かも知れませんね」
そんな安心感に加えて、AAの参加者が自分をさらけだすことができるのは、アルコール依存症患者だけにしかわからない「共感」があるからだ、と6人は口を揃える。
「参加者の中には、アルコールの影響で”あー”とか”うー”しか言えない人もいるし、幻覚からおかしな行動をする人もいる。でも、私たちはその人がどんな状態なのかある程度わかる。自分もかつてそうだったから」
「酔っ払っている人が話していることって、酔ってない人からすると理解不能じゃないですか。それと同じで依存症の人の話は、依存症じゃない人が聞いてもなかなか理解できない。でも、私たちはみんな同じ悩みや苦しみを経験しているのでよくわかる。傷を舐め合っているわけではなく、互いに共感ができる。一人じゃない、居場所があると感じることができるんです」
彼らの話を聞いた古坂さんは、「笑い」のなかでも最も強い感情は「共感」だと指摘。誰もが一度は経験があるような話をする「あるあるネタ」がその代表で、これは見ている人々を共感させてひとつにすることができる。「このような温かい居場所が依存症の回復にも必要なんですね」と納得をしていた。
AAに参加するメンバーたちが今、最も望むのは「アルコール依存症」というものの正しい理解が社会に広まっていくことだ。親子三代でアルコール依存症になっているという男性は言う。
「私自身、子供時代から父や祖父がお酒に依存している様子を見ていたのに気がついたら自分も依存症になってしまった。アルコール依存症がそこまで負の連鎖を招く恐ろしいものだと知らなかった。アメリカでは家族全体、社会全体の問題として捉えていると聞いたことがある。日本でもそのような認識を持てるように私たちも努力したい」
アルコール依存症という病気は、知らぬ間に進行して当事者の命を奪うだけではなく、その家族にも深刻な被害を引き起こす。その一方で、お酒をやめるということに成功している彼らのような「先輩」たちとつながることで、かなり助かる可能性のある病気だということを、古坂さんはあらためて感じ、この事実を啓発していきたいと決意をあらたにした。