「第二回」川崎ダルク(薬物)
苦しみを仲間と共有
依存症の中で世間から特に冷たい視線を浴びるのが、覚せい剤をはじめとした薬物をやめられない人たちだ。アルコールなどと違い、薬物依存症の大半を占める覚せい剤は使用自体が犯罪行為で依存性が強く、再犯率も高い。そんな薬物依存からの回復を支援している「川崎ダルク」を、政府事業の一環で依存症の啓発活動を担っているサッカー元日本代表の前園真聖さんが訪れた。前園さんは、薬物を絶っている入所者らのミーティングを静かに聞き、「薬物の苦しみを仲間と共有し、逃げずに自分自身と向き合っている人たちの姿が印象的だった」と話した。
高い再犯率
薬物依存症は、覚せい剤といった化学物質などを体が求めるのだが、他の依存症と同様に本人の意思では使用をコントロールできなくなる脳の病だ。しかし、非合法なため薬物依存が明らかになるのは犯罪として立件されてからになるのがほとんど。依存症の実態を正確に把握するのは困難で、回復に向けた対策にも難しさがつきまとう。
毎年約1万人が薬物使用の罪で有罪判決を受けているが、再犯率は6~7割と極めて高い。依存性の強さや社会に受け入れられない疎外感から再び手を出すとされる。
心をオープンに
こうした悪循環を避けるには、病院での治療やダルクなどの回復施設で一定期間過ごしてから社会復帰することが推奨されている。
ダルクは聞き慣れない名前だが、Drug(薬物)Addiction(依存症)Rehabilitation(回復)Center(施設)の頭文字からつけられた。日本では1985年に誕生し、全国60カ所89施設で活動。入所者約1000人が社会復帰を目指して日々を過ごしている。
川崎ダルクもその一つ。前園さんが訪問した日は、6人がミーティングに参加していた。薬物に強く依存していたとは思わせない快活な人たちが、未成年の時に覚せい剤を覚え、やめられずに苦しんだ経験など次々話し、皆が聞き入った。
自身も薬物依存から回復した岡崎重人施設長はミーティングについて「人に言いにくい秘密を言葉に出すことで心をオープンにする」「仲間の話に耳を傾けることが大事。感動、怒り、トラウマなどの経験を聞くことで見方が変わっていく」と語り、経験の共有が回復につながると強調した。
生活を取り戻す
ダルクのスタッフはほとんどが依存症からの回復者。自らの経験に基づいて入所者に寄り添う。毎日、食事を作って普通の生活を取り戻したり、スポーツやヨガなどを通じて薬物以外の楽しみや気晴らしの方法を身に付けたりする。また、地域の子どもたちに自身が覚せい剤を使っていた頃の経験を話すといった予防のための啓蒙(けいもう)活動にも力を入れている。
入所者は2年程度の間、寝起きを共にしながら薬物のない生活を送る。施設を出て社会復帰した後も依存症から回復した人たちと定期的に会うことで薬物をやめ続けるのが可能になるという。
一つの通過点
入所者の一人は「今まではひとりぼっちだったが、薬が止まると一緒にやめていく仲間が増えた」「ここは一つの通過点。長くいてから外に出れば、なんとかやっていける」と語ってくれた。
ダルク訪問を終えた前園さんは「過ちを犯しても、もう一回チャンスがある環境、地域が理解して受け入れる環境を作らなくてはいけない。社会全体の問題もあり、すぐには変わっていかないだろうが、子どもには薬物を体験した人の話は響く。社会にとって大事だと思う」と語った。