サポーターが行く

「第三回」グレイス・ロード(ギャンブル)

見えづらい実態

 カジノを中核とする統合型リゾート(IR)への関心の高まりとともに、ギャンブル等依存症やその対策に注目が集まっている。依存対象がアルコールや薬物といった物質でないため「本人の意思でやめられるはず」と思われがちだが、そうではない。ギャンブル依存症も本人の意思ではコントロールできない脳の病だ。政府事業の一環で依存症の啓発に携わっているサッカー元日本代表の前園真聖さんが支援施設「グレイス・ロード甲斐センター」(山梨県甲斐市)を訪問し、回復に向けた入所者の「姿」を報告する。

借金、盗みも

 回復プログラムの一環で開かれたこの日のミーティングには8人が参加。借金を重ねて家族を顧みず、仕事も手に付かなくなった経験、日常生活よりもギャンブルを優先した過去などを隠さずに語り、皆が静かに聞き入った。こうした経験の共有が回復の第一歩となるのは、他の依存症と同じだ。ただ、ギャンブル依存症の場合は大きな借金を重ねたり、周囲から盗みを働いたりするケースも少なくない。金銭的な問題が大きくなりやすいとされる。

 ミーティングを熱心に聞いた前園さんは「薬物やアルコールよりも重くないというイメージがあったが、そうじゃないと感じた」と語り、ギャンブル依存症の実態に驚きを隠さなかった。

行動依存

 依存症は大きく分けて、物質依存と行動依存の2種類がある。物質依存の典型が覚せい剤で、行動依存の代表例がギャンブルだ。

 ギャンブル依存症を克服し、今はグレイス・ロードのスタッフを務める植竹淳さんは「ギャンブルで大きな刺激を受けて快楽物質ドーパミンが出たことをバシッと脳が記憶する。そして、不安、不快な気持ちになると『ギャンブルに行きなさい』と脳が指令を出すのでやめられない」と解説。深刻なケースでは「借金を重ねた上、電気やガスを止められた。ギャンブルをするため1000円、2000円が惜しかった」という入所者もいるほどだ。

ネットで海外カジノも

 生涯でギャンブル等依存が疑われる人の割合は成人の3.6%、推計すると約320万人となる。しかし、アルコールなどと違ってギャンブルは「自己責任との考え方が強く、病気として社会に認められていない」というのが、自身も依存症だった池田文隆・甲斐センター長の指摘だ。このため、日本の支援施設には長い歴史があるわけではない。

 グレイス・ロードの設立は2014年12月。入所者58人の平均年齢は約32歳と若い人の利用が目立つ。利用が広がった要因について植竹さんは「IR法により、ギャンブル依存症という言葉が世に出たことが大きい」という。また若い入所者が多い理由として、ネット社会の影響を指摘する。今はインターネットを通じて競馬、競輪や海外カジノさえも楽しめる時代。「若年層が手元でギャンブルをできてしまう」という手軽さによって、依存症が一段と拡大する事態を懸念する。

前園さんも認識を新たに

 施設訪問を終えた前園さんは「薬物とアルコールは体内に入れ、体が覚えている。そうではないギャンブルは『すぐにやめられるでしょ』と思っていた。しかし、そうじゃない」と認識を新たにした。また、「パチンコ店が日本中どこでもあるし、やめられない環境になっている」と語り、ギャンブル等の依存から回復する難しさを痛感し、さらなる対策の必要性を訴えた。

<入所者の経験談>

パチンコしながらスマホで競馬 ~うつ状態、薬物自殺も考えた~

 ギャンブルを始めたのは17歳の時です。友達に連れられて競馬をしたのですが、外れたのが悔しく、その後一人で行くようになりました。専門学校に入ってからは、仕送りを受けながら数千円単位で賭けていましたが、21歳で看護師になると加速していきました。

ひりつくような感じ

 10万円、当たっていれば100万円という単位を1日、2日で使うのが当たり前でした。給料は30万円くらいでしたが、その日のうちに使っていました。右手でパチンコしながら、左手で携帯を使って競艇をし、次に競馬や競輪。家に帰って夜11時からFXを朝まで続けました。土日が休みでしたので、朝から2日間、ほぼ寝ずにギャンブルをしていた時期もありました。

 あのひりつくような感じというか、競艇、競馬で予想している時から楽しくて、やめる気もなかったです。

 おととしの4月から働き始め、翌年の3月に母の通帳からお金を取りました。監視カメラに写り、母親から「どうしたの」と言われ、借金とギャンブルを初めて打ち明けました。

電気ガスを止められる

 どうにかしなくてはいけないと思っていましたが、どうしたら解決するのか分かりませんでした。母親から「やめなさい。施設に行きなさい」と言われましたが、「そんなことをいちいち言わないでくれ」という気持ちが強かったです。

 自分はギャンブルをしたい強い気持ちがあり、親はさせたくない。解決方法が分かりませんでした。3月に母親にばれたころから借金が増え、職場、友達、親からの窃盗がどんどん増えていきました。友達はおそらく分かってたと思います。

 すさんだ生活でした。電気、ガスが止まった中で3カ月くらい生活しました。優先順位はギャンブルが1番。1000、2000円が惜しくて、それを公共料金に使う気がありませんでした。

本当にしたかったこと

 自殺したくなり、うつ状態になっていきました。死ぬことができる薬品が職場にたくさんあり、それを見るたびに「いつにしようか」と思っていましたが、最後は給料を使い切って母親に電話し、「どうしようもなくなった」と話しました。母が施設に連絡し、グレイス・ロードにつながりました。「最初ここに来た時はすごい顔してた」と言われます。23歳でしたが、その歳には見えなかったといいます。

 グレイス・ロードで1年を過ごし、過去のとらえ方が少しずつ変わりました。それまでは「ギャンブルをしても自分の人生だからいいや」と思っていましたが、自分が傷つけた母親だったり、父親だったり、姉、職場の人だったりについて考え始めました。

自分だけじゃない

 本当にしたかったのはギャンブルではなく、普通に遊んだり、友達と食事したりするのが大事と思えてきました。それを大事にして生きていきたかったのですが、ギャンブルにおぼれ、できなかったのです。

 グレイス・ロードに来る前は一人で抱え込んで孤独でしたが、ここでは自分の話ができます。同じ境遇、同じ思いをしている仲間がいっぱいいて、過去の境遇を仲間と重ね合わせると自分の気持ちが楽になります。自分だけじゃないと感じさせてもらえます。借金は今もあります。